QUATTRO BLOG

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CSS<シーエスエス> 来日!

アケオメです!
明日11日は サンパウロ出身のガールズディスコパンク CSS <シーエスエス> の来日公演!
ヴォーカルのラブフォックスは 日系3世で おばあさんが日本人。
ミドルネームが ハナヨ というので 呼んであげると とても喜ぶそうです!

スパイスとセンティミェント 

讃岐製麺系の店も大津通りに出来た。
その通りには 
ヴォリュームも味も文句なしの肉そばの店もあり、なかなかに楽しい。
老舗の中華そば屋も健在だ。

そして 宮崎の名物うどん屋 が最近LOFT界隈に最近出来て、
 
これが 無骨な讃岐とは反対の やわらかめの麺が いまや逆に新鮮、 

いりこと利尻昆布の 出汁のきいたつゆ、

そこに 青とうがらし を 風味に 小さじ一杯いれるという食べ方で 
これが 冷え込む名古屋の冬に ジーンと あたたまるのだった。 

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冷え込む街  そして やるせないこの気持ちに 
ジーンと響くサウンドといえば、、、
ニューヨリカンたちのサルサだろうか。

プエルトリカン移民達が、キューバのソンから発達したラテン音楽を、
汎カリブミュージックとして様々なリズムを溶け合わせて(サルサはソースの意味)、
そしてNYのアーバンミュージックとして、そしてインナーシティブルースとしても洗練させた、
FANIAレーベルに象徴される あの狂おしいサウンド 

特に60年代から70年代にかけて ラテン音楽から進化していったサルサ、
その先進性や時代性を担っていた主要人物としてはトローンボニストのWILLIE COLONがいる。
歌手エクトル・ラヴォーとのコンビによる悪党シリーズは 今聴いてもまったくもってカッコイイ。
しなやかで繊細、センティミェント(悲哀)を湛えたエクトル・ラヴォーの歌は  
ニューヨリカンたち ヒスパニック系移民の声 とまで言われた。


elmalo.jpgWILLIE COLONのデビュー作「EL MALO -悪党ー」('66)

当時勢いのあったR&Bやソウルと ラテンの融合、
つまりブーガルーやシンガリンといったスタイルが流行った時期で、
それは今となっては「時代のあだ花」だった的にいわれたりするが、
そのストリート感ある作風で人気があるジャンルだ。
JOE BATAANやRAY BARRETTO、JOE CUBAも人気がありレコードでも再発されている。

同時代の黒人音楽シーンと共振しながら
都市における異なるジャンルの融合の手法が、 
その後、自分たちのルーツに意識的になり、出自の根ざした音楽を作り上げようとしながら、
移民であるニューヨリカン独自の音楽 サルサ を作り出すことになった
機動力になったのは間違いないと思う。

「サルサは 特定はリズムではないコンセプトだ」
とまでWILLIE COLONは言っている。
たとえば、
ジャマイカで60年代に生まれたスカが、70年代にはメッセージ性を持ったレゲエになっていった流れと
同調しているのではないか。

FANIAレーベルはここ数年で正規再発が進み、レコード、CDとも入手しやすくなった。
様々な企画もの、ジャイルスやMUROといったDJセレクトものも出てて興味深い。

その何度目かになるニューヨリカン再評価のきっかけには

(かっての80年代レアグルーヴシーンでの ブーガルー再発見 (奇しくもスカ再発見と同時期)や、
90年代後期Masters At Work(Lil' Louis VegaとKenny Dope Gonzalezのハウスユニット)によるユニット、ずばりニューヨリカン・ソウルの大ヒットがあった。エディー・パルミエリとインディアが参加した。)

やはり
映画 「エル・カンタンテ El Cantante」 2006年の公開も大きかったと思う。
生来の繊細さゆえ、スターであるプレッシャーに耐え切れず、破滅的な最期を迎えてしまった
歌手エクトル・ラヴォーの伝記映画。
マーク・アンソニーとジェニファー・ロペスが夫婦出演で話題になった。

hector ravoe.jpgHECTOR RAVOEのソロ作。プロデュースはWILLIE COLON。いなせな男前です。

FANIAに関する企画モノで気になったのは今年リリースされた 
ハウスDJのJoe Claussell 「Hammock House Africa-Cribe」 
もともとアフロ志向の強い作風であった彼が、FANIA音源をリミックス、かつミックスもするという好企画。

歴史に埋もれてしまった 
アフロ~カリブの円環構造は DJたちのミックスによって 繋がれていき 伝承されていくのかもしれない。もちろんテキストは必要だ。 

africa caribe.jpg最近になってアナログだけでリリースされた未発表曲があり、
それがWILLIE COLONと歌手RUBEN BLADESとのコンビ「SIEMBRA」 ('78) からのタイトル曲のハウスミックスなのだ。

このアルバム「SIEMBRA(種をまく)」は
ストリングスアレンジも流麗でWILLIE COLONのサウンドプロデュースが実に充実しており、
その様々な音楽を取り込みながらも洗練されたサウンドと
RUBEN BLADES歌うラテン諸国へのメッセージ性が絶妙なバランスに成り立っており、
FANIAで最も売れたアルバムだ。
これはかってここ日本でも、、、80年代頃にアナログでvividからリリースされていた代表作。
現在はCDでもSPECIAL EDITONが出ている。しかしまあ どう聴いても傑作としかいいようにない。



siembra.jpg

乞食の国隆

先日関西の知り合いのレコードショップにいった。
海外からの買い付け盤や再発ものといったアナログ中心の品揃え。
販売サイトも充実している。

アナログレコードの需要というのは今アメリカだと30%はあると聞いて驚いたことがある。
最近の新譜のアナログ盤にはデジタルのダウンロードコードが付いているので 
自分も気に入った最近の作品でも あえてアナログで買ったりしていたが、
それほどの需要がまだあるとは正直思わなかった。
じっくり聴くならアナログで、移動しながら聞くならダウンロードデータで十分、ということか。

例えばL.A.だとCDショップはすでにないが、中古レコード屋は健在という状況。
L.Aブレイクビーツの連中、LOW END THEORYも名古屋でレコ屋さんを巡ってた。

その店の若手スタッフから、先日JamesBlakeも出演した大阪のイベントの時、
他のDJがPCやセラートのデジタルセットでプレイする中、
石野卓球がアナログ盤でDJしていた時の、音の違いやその良さにあらためて感銘を受けたといった話を聞いた。

確かに大きな音で聴くと デジタルとアナログでは、
音質というか表現力のようなものが、まったく別の世界なんですよね。

どう感じるかは 結局、各々の音楽体験の背景や嗜好性、
それに生きている時代のメディア環境の問題になりますが、
まあ、それぞれの良さはありますので、
デジタル/アナログの2項対立で考えるにはすでに限界を感じますね。

....まあ、そんなこんなで その店とも交友のある再発レーベル 
em records 
から 大変なものがアナログで再発された!まあ聴きましょう、
というので聴かせてもらった。

....

一聴、アフリカの楽器 コラ の響きのように聴こえてしまう たて琴 に心底ビビリました。
裏面は三線。 そして 戦前ブルースのような 島唄。
アフリカ~アジアとの関連性を目の当たりにしたような驚きがありました。



kojikinosato.jpg里国隆 (Sato Kunitaka)
"WANDERING SHADOW OF SOUTHERN STREETS: Blind Itinerant Musician

「奄美大島と沖縄地方を放浪した盲目の芸人、ついたあだ名が「乞食の国隆」、
かの里国隆(さと・くにたか)の希少な録音から選び抜いた9曲で構成したベスト・セレクション、
ファン待望の初LP化」
70年代に 竹中労を介して全国に紹介された経緯があります。

こういう音だと 当時のメディア レコードで聞くのが 相性がよいですね。 

ノイズやサワリ

今年一番期待されていたといっても過言ではないJAMES BLAKEの来日公演。
あの繊細なソウルを歌い、
UKダブステップから進化した今のベースミュージックを十分に鳴らしてくれた。

サブウーハーからギリギリのバランスで鳴らされる重低音は、
聴く人の全身を、そしてクアトロの全空間を本当にビリビリに震わせていた。
そうしたことまでもが音楽の一部であるかのように。

エレクトロニクスミュージックがそうしたビリビリとしたノイズまでも表現するというのは、
アフリカの楽器、たとえばカリンバ(親指ピアノ)にジャラジャラとしたのが付いてビリリと響く効果に近いように思う。
先日観た日本のカリンバ奏者サカキマンゴーの公演でもビリリと響かせて幻想的だった。
日本で言えば三味線もビリリと響く音がする。それを「サワリ」といって奥深い表現になる。

こうした見立てというのは
7月に亡くなった音楽評論家の 中村とうようさん が言っていて、
70年代からアフリカ音楽が伝統的な楽器からエレクトロニクス楽器をも取り組んで
独自の未来的なサウンドを作り上げていった時代の中で、
80年初頭に生まれたキング・サニー・アデの名盤「シンクロ・システム」の衝撃もあり、
エレキギターによるエフェクト効果やシンセサイザー、ダブミックスといったエレクトロニクスによる効果は、 音楽を先祖帰りさせていく効果があると言っていた。たとえば西洋音階に合理化される以前の音楽世界。
サニー・アデはそうしたことに意識的であり、トーキングドラムといった伝統的な楽器やエレクトロニクスを同じように混ぜ合わせて、あの名盤を作り上げたことに とうようさんは未来を感じていたのだ。

synchro.jpeg
10年代の今となって、
JAMES BLAKEの公演を見て思うことというのは、なにかそういうことだった。
3ピースによる楽器演奏(シーケンスはなし)の音も、意識的に微妙にズレているグルーヴであったり、
ヴォーカルまでエフェクティヴにループされ重ねあわされる、そのダブ化というのは、また奥深い表現にもなっていて面白い傾向だ。

そうした先祖帰りする音響が作り出す空間というのは、 
例えば、NY80年代の伝説的なディスコ〈パラダイス・ガラージ〉についての言説が
ある程度説明してくれるのではないだろうか。

「〈パラダイス・ガラージ〉は、たくさんの、本当にたくさんの人たちのこうした思い出の中心だった。
閉鎖10年以上経った今日も、〈ガラージ〉は聖なる場所として敬意をもって語られる。
彼らは、そこは避難所であり、箱船であり、教会であり、寺院であり、家だったと言う。
命を救われた、ストリートから足を洗うきっかけになった、生きる目的を与えられたと多くの人が口にする。
こうした言葉でディスコを表現するのは奇妙に思えるかもしれないが、
私たちは実際にひとつの部族のようだったし、部族の人々が何千年もやってきたことを、私たちも行っていたのだ。」

――メル・シェレン『パラダイス・ガラージの時代』(浅沼優子 訳)


若い太陽の塔

8年ぶりに一般公開される 岡本太郎が万博の前年の69年に制作した 
犬山市の「若い太陽の塔」 
いってみたいなー 
モンキーパーク


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